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能古の島に移り住んで、足掛三年。何となく島の状況も判り、観光客とは異なる暮らしぶりとなってきた。島ということもあって、季節の節目の会合とか地域の掃除には参加しておかないと陰で何を言われるか分からない。

特に、秋の祭りの準備であるとか正月の初詣でのお手伝いをしておかないと、挨拶をしても口も聞いてくれないことになる。島には、僕等夫婦の他に数組の新参者がいるのだが、彼等は殆ど島人達との交流がない。そうなると、時々開かれる寄り合いの席で刺身の妻にされてしまう。この辺りのことを十分に注意しておかないとゆったりとは暮らせない。

しかし、一旦打ち解けて話が出来るようになると、話は変わる。朝、犬が吠えるので何かなーと外に出てみると、ダイコンがおいてあったりピチピチと跳ねる小魚がポリ袋に入れて置いてある。最近では、どなたが下さったのか直ぐ解るようになったので、間髪を入れぬタイミングでささやかなお礼をもって挨拶に伺う。北米のイヌイットの人々の間にはポトラッチという風習があり、ものを頂いたらすぐにお返しをしないと仲間はずれになるのだとか。だから、彼等の間では頻繁に贈り物が飛び交っているらしい。

ま、ポトラッチは行き過ぎだが、挨拶に伺う折に島での暮しのノウハウを伝授して頂けるのは有り難い。例えば、神社の掃除の日は一応八時になっているけどせめて七時には来ていなさい、とか。今はキスとハゼがよく釣れるから、青イソメを用意して桟橋の西側に糸を垂らしなさい、とか…。

Kubota Tamami

島にはいくつかの釣りのポイントがあり、キスやアジを釣る場合は漁師さんが漁船を係留している浮桟橋が具合がよい。但し、この場所は言わば漁師さん達のプライベートな領域だから、一般の人が入ることは厳禁とされている。その桟橋には小さな生け簀が下げてあり、タコやサザエ、アサリといったものが市場に行く迄の間保管されている。この生け簀の中身を、心無い人が持ち去って以来立ち入り禁止区域となったようだ。当たり前と言えば当たり前の話だが、何とも情けない話としか言いようがない。

もう一つは、釣りに来た人達は後片付けをして行かないのが大半だそうだ。最近は釣り道具が比較的廉価で売られているので、釣り終わったら全てを放置して行くのだとか。モバイルゲーム感覚が、若者に悪い影響を与えている一例だろう。

しかし、最近その立ち入りが制限されている桟橋での釣りが公認されつつある。当初は、漁師さんの娘(と言ったっておばさんだよ!)に連れられてデビューしたのだが、アジなどは撒き餌が行き渡ると入れ食い状態。餌と仕掛けを変えて少し沖に投げると、今度はキスが小さい体でぐいぐいと引っ張る。ハゼに至っては、釣りをしている真下にスッスッーと泳いでいるから、そこに餌を落とすと忽ち釣れるだろう。キスを釣っていて奇妙な魚が数尾かかったのでよく見ると、メゴチ。天婦羅等で尾ビレがピンと立っている、白身の小魚だ。アジやキスやハゼは天婦羅でもよいし空揚げにして南蛮漬けにも転用出来る。メゴチだって空揚げにならないことはないが、小骨が多く至極食べ難い。手間はかかるが、やはり天婦羅が最適ではなかろうか。

サビキで釣るアジはともかく、生き餌を用意しなければならぬキスやハゼは、釣るだけは大変面白いが、対岸の釣り道具屋にフェリーで行かねばならないのが面倒。が、最近漁師のおばちゃんが、ハゼやキスを小袋に二十尾ばかり入れて、三百円で売ってくれる。このハゼを二袋買って塩焼きをし、天日で乾燥させると、素晴らしい雑煮の出汁となる。
我が家の雑煮は、焼きハゼと焼きアゴの出汁で、すっかり博多風に染まってしまった。



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