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春を彩る花と言えば、これはもう桜に決まっている。俳句の世界でも、花という季語は桜にしか使えない。桜だけが、花の一文字で完結してしまうくらい、古代から日本人の心を捉えているのはないだろうか。

可愛想なのは他の花だろう、いくら美しい花を咲かせても○○の花とかその植物の名前を言わなければならない。例えば、昨今俄然注目を浴びている撫子。これは、撫子の花と言わなくても通うじるだろう。椿だって、椿と言えば分る筈。

が、菜の花というと油菜の花なのだが、このアブラナは誰にも分らないのではあるまいか。つまり、昔からアブラナの実(菜種)を搾って、照明として点したり、菜種油として天婦羅や炒めものなどの料理に用いていたようである。勿論、菜種油は世界の国々でも現在も使われているか ら、ヨーロッパの田舎などでは、大規模な畑がまっ黄色に染まっている光景を目にすることが出来る。菜の花というと日本が原産のような気がしてならないが、ヨーロッパで栽培されている西洋アブラナの方が、より原種に近いそうである。日本のものと言うと、小松菜やカブの花が黄色の花を見せるだろう。これらを総称して、油菜と呼んでいたらしい。最近、在来種の油菜は西洋アブラナにお株を奪われて、極端に少なくなったとも聞く。

今、僕が住んでいる能古の島は、菜の花の島としても福岡の中では有名だ。三月の半ば頃から四月の半ばまで、島の古い道にはかなりの距離に渡って 菜の花が咲く。菜の花の話だが、一月に露地に菜の花が咲くと言うことで、淡路島を訪れてCMの撮影を行ったことがある。種子島や奄美大島ならば、 更に一か月以上も早く咲くとの情報もあったが、時間も予算もなかったので諦めた思い出がある。

Kubota Tamami


この、菜の花の利用価値は非常に高い。種を蒔いて暫くすると二葉が出るだろう、少し伸びるのを待って間引きをする。これが摘み菜で、お浸しにし てもおいしいし味噌汁の具にもなる。本葉がもう少し大きくなったら、今度は塩揉みを施して漬物にして味わう。適度の苦味と辛味の味が絶妙。菜の花 と言えば、花が開く寸前に摘んで、お浸し、白和え、芥子和えやゴマ和えにして、季の味を楽しむ。勿論、中華風の炒めものも最高だ。紅芥菜という、葉や茎の部分が赤紫の野菜も、花は同じく黄色だから油菜の仲間に違いない。炒めると、やや緑が濃くなるが風味があり実においしい。カキ油(牡蠣を煮詰めた油)をちょっと垂らすと、更に旨味を増すだろう。

花が終わってしばらくすると、花の部分に莢がつき中に種がギッシリと詰まる。莢が乾いて弾け散る寸前に取り込み、よく乾燥させる。この種を熱と圧力をかけて搾ったのが、菜種油。油は精製されて食料なるが、天婦羅などで用いた後の廃油は、もう一度漉し直すとジーゼルエンジンの燃料にもなるから、捨ててはもったいない。また、油を搾った後の油かすは、素晴らしい肥料になる。窒素、リン酸、カリが、五・二・一の割合で含まれているとか。与え過ぎないようpH値を調べて、畑に施すと本当にいい肥料になる。僕も、ビワやスモモに与えたが、確かに甘味と酸味のバランスが際立って良くなった。この他にも、油かすは、家畜の餌にもなるようだ。さすがに、牛や豚や鶏は育てていないけれど、万能選手であることが判った。

昨今は、昔のように無農薬有機栽培、という時代に戻りつつある。人間には、安心して食べられることが不可欠なのである。輪廻という仏教用語があ るが、まさに身直に見られる一年周期の輪廻が、菜の花ではあるまいか。
春の風情を楽しみつつ、人生を大事にしたい。



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