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島暮しを始めて、何とか二年半の歳月を過ごすことが出来た。後何年生き存えることが可能なのかは、神のみぞ知ることでそう気にはしていない。

ただ、毎日の生活の上で、健康だけには気を使っていることは事実。転ばぬ先の杖の例えの通り、インフルエンザが流行する兆しが見えれば、いち早く予防接種を受けに行ったり、外出の際でも極力マスクを着用するよう心掛けている。特に僕は、月に三、四回は東京に出かけての仕事が残されている。飛行機や満員の電車やモノレールに乗る際は、バッグからマスクを取り出し着用。博多の街から僅かしか離れていない島ではあるが、やはり都会の雑踏からは隔離されたような状態にある。インフルエンザの予防ワクチンを打ちに行った時も、「医者から能古の島に住んでいるんだったら、ワクチンは必要ないでしょう」とまで言われた。が、無菌状態のような島に住んでいるからこそ、たまさか街に出かけて強力なウイルスに取り憑かれる心配があると考えている。

それでも、東京に出かける以外は、余程のことがない限り博多という都会にも出かけることが少なくなった。と言うより、毎日の食生活を支える為の野菜作りに没頭していると、街をぶらぶらする時間を捻り出すのが難しくなってしまうのである。今更、中洲の繁華街へ飲みに行く元気もないし、さりとて女房殿と連れ立ってレストランで食事をするのも、時間の浪費と思えるようになって来た。今の暮しの中で、絶対にないものを挙げるとすれば、肉類と調味料、それにチーズのような嗜好品であろう。そんなものも、電話とインターネットで、東京の暮しと全く変わらないものが、二日も待てば家にやって来る。そんなことを改めて考えると、人間の営みとは何であったのだろうかと、渾沌としてしまうことがある。

Kubota Tamami

とは申すものの、毎朝食べるパンだけは焼き立てのものの方がおいしいに決まっている。島に一軒だけある雑貨屋さんにも、間違いなくパンは売られてはいる。だが、普通のヤワラカーイ食パンかメロンパンのような菓子パンだけ。それはそれで、否定はしないけれども、四十代の前半頃からパンの嗜好が明らかに変化した。海外を旅して、日本にないタイプの形態や味のパンが多々あることを知り、その味に魅了されてしまったことが原因。当時の日本にも、革新的なパン屋さんが何軒か出現し、僕達夫婦が狂喜するような存在感に溢れたパンが手に入るようになって来た。ところがである、フランスやイタリアで修業をし、素晴らしい味のパン屋を出店したにも拘わらず、ものの数か月で僕達夫婦の好みであるハードなパンは姿を消す。店の方に伺ってみると、残念ながら多くの方々はソフトタイプのものを好まれる、という話。

やはり、こと商売となると、理想だけを追っかけていても成り立たないのであろう。それでも、東京都内に三、四軒のパン屋さんを探し出し、足繁く通っては朝食用のパンを調達していた次第。ところが、福岡に移住することを決めかけた時、女房殿が「福岡って、おいしいパン屋さんあるの」と言い出した。そこで、新居を建てる準備をしに福岡を訪れる際、数軒のパン屋さんからパンを購入し家に持ち帰って試食。が、帯に短かし襷に長しで、今一つ僕等が求めているものとは違う。

と、数日後女房殿は数冊の本を仕入れ、粉と格闘。一か月もすると、このパンどうかしら、食べてみて下さいとカンパーニュ風の丸いパンを出されたので試食。香りもよく、焼き上がりのパリパリ感もあるし、甘味が抜群。「この粉フランス産。食パンは、国産のはるゆたか。パン焼き専用の水蒸気が出る釜があれば、もっと本格的に焼けるけど、場所をとるから新居にはいらないね」いやはや、女房殿の執念に驚き、パンの旨さにも驚いた。てな訳で、離島に住みながら、パンには満足している。


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