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私の格闘技好きは友人、知人、関係者の間ではかなり悪評高い。義理人情だの仕事だの以上に血の気を上げてしまうから。ジムでプロ志願の男たちのスパーリングを見るだけでも充分燃える。同じレスリングマットの上で、レフェリーばりのアクティブな動きで見つめる。ボーッと眺めていては、レスラーの足が跳んできたり、頭が転がってきたりして危険極まりないのだ。マットは汗で濡れて光り、男たちは水を浴びたように汗みどろになる。見終えた後は高揚と虚脱に包まれて、ややしばらくはへたりこむ。

ね、かなりな好き物でしょ? 私は強い男たちの燃えたぎるような血と汗と涙が三度の飯より好きなのだ。男が力の限り懸命になり、放出する汗と色香は美しい。

ところで、この汗、かなりの塩分とミネラル分の流出につながっているのです。私は料理教室でも必ずミネラルバランスに優れた沖縄の海塩「粟国の塩」を勧めるが、実はそれ以上に汗を流す男たちによい塩を勧めてしまうのです。悲しい女の性なのよ。

実際、普通の生活活動強度の人たちよりも、人間の限界に挑まんばかりの活動強度の高い人たちの方が、当然エネルギー(カロリー)も塩も必要としているのです。汗で失う水分と塩分ははんぱではない。スポーツ選手のみならず、四十度を越す夏の厨房でも、水分の補給だけではダメ。必ず塩気のものを同時に摂らなければ熱中症になってしまう。塩気のものすら口にする暇がなく、失神しかけたことは何度もある。それは突然やってくる。予兆なんてないのです。目の前が紫色になり、すーっと自分が沈んでいくような感覚。すぐさま休息を取り、水分と一緒に塩気のものを摂取する。酷暑の工事現場で働く人たちが、休息時間にジュースやお茶をゴクゴクと飲んでいるのを見かけるけれど、塩気のものも一緒に摂って! と叫びたくなるのです。水分だけではバテてしまう。ヘタをすると命にかかわりかねないのだから。食の細い高齢者も汗をかけば必然的に塩分不足になる。汗をかいたらお茶と一緒に塩昆布をしゃぶるくらいの補給をお願いします。

一日働きづくめのお父さんたちが、塩味の酒肴でビールを飲むのも生命維持の欲求です。なにせ、冷汗は流すは脂汗はにじませるはで、お父さんたちも必死に会社で汗をかいている。どうぞ、よい塩を使って、お酒の進む美味しい酒肴を作ってあげてください。

しかし、オヤジの脂汗よりも、やはり私はレスラーのほとばしるような汗が好き。今や格闘技は空前のブームだけれど、そのきっかけと礎となったのがUWFというプロレス団体。現在は解散しているが、UWF出身のアスリートたちの人気と実績は今こそ花開いている。伝統的で正統なレスリングの技と心意気を土台にしたファイティングスピリットは健在だ。現在名を成しているレスラーのほとんどが、なにがしかの形でUWFに関係があった。そして、UWFスネークピットジャパンというジムを経営してるのが元プロレスラー宮戸優光。我が料理教室の生徒であった。宮戸のジムのヘッドコーチが、ビル・ロビンソン。中年のプロレスファンには懐かしい名前だと思います。ビルは私が子供時代、アントニオ猪木などと素晴らしい試合をした人。宮戸はその試合を実際に観てプロレスラーになることを決意し、私はその試合をテレビで観てビルと猪木の大ファンになってしまったのです。

そして、三十余年。ビルも宮戸も私の大切なお友達。年月は苛酷なもので、ビルは六十代後半の初老の紳士、ガキだった私と宮戸は四十過ぎの中年なのだ。でも、運命の巡り会いって素晴らしい。
ビルは現役時代に酷使した足、腰、首の手術を近年行ない、今年また日本に帰ってきた。なんと、百キロ以上ある巨体は体に負担をかけるからという理由で、減量を仰せつかって。ビルの健康を心配する宮戸の気迫は並みじゃない。二言めには減量、減量。

「ねえ、優光さん、肉食うな、野菜食えじゃダメなのよ。料理法と栄養学的なこと教えなきゃ」
「じゃ、教えてやってくれ」。げっ……はい。好きな男のためならば、一肌だって二肌だって脱ぎますよ! というわけで、私はモンスター並みの巨体を人間並みの重量にするためのダイエットクッキングに精出すはめになった。

ビルは自分の肉体のダメージと対戦し、私は英語で料理伝授と格闘し、宮戸は現役時代を凌ぐほどの勢いでジムであばれ回っている。第一ステップとして、私はビルに「粟国の塩」とニガリを手渡した。
イラスト・ますだとみえ)


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