店主敬白・其ノ六


「酒はぬるめの燗が良い」と歌にも歌われているが、酒は人肌で飲むものというのが、私の持論である。酒を温めて飲むという習慣は、日本の文化である。ところが、かなり以前より、熱燗という飲み方が流行りだして、ずいぶん時間がたつ。酒を熱燗にするとアルコール臭がつんと鼻に来るし、本体の酒は気が抜けて、味わいがなくなっているのである。それが、十数年前から今度は“冷酒”という飲み方が出てきた。酒を冷やせば酒の味の活性がおさえられ、日本酒の旨味が落ちてしまう。だが、近年の酒造技術の発達は目覚ましく、冷酒にすれば、かえっておいしいという酒を造ってしまったのである。冷酒の存在は熱燗と違って、日本酒の幅が増えて大変良い事だと思う。

水割りとして流行った、ウイスキーの方は、近年ワインや焼酎におされて、あまり人気がない。だが、ウイスキーという飲み物の深さは、測り知れない。私は、いつの日か、またウイスキーのブームがやってくると思っている。そこで、ウイスキーが気になるような、全くの聞きかじりの豆知識をちょっと書いてみようと思う。


酒を大別すると、醸造酒、蒸留酒、混成酒の三種類に分けられる。醸造酒というのは、字のごとく醸造された酒を言うので、ワイン、ビール、日本酒等をいう。蒸留酒というのは、醸造酒を蒸留して造った酒で、ワインを蒸留すればブランデーになり、ビールがウイスキーになり、日本酒が焼酎になると覚えていてもさしさわりないと思う。混成酒は、醸造酒や蒸留酒に果実や香草などで香りと風味をつけた酒で、リキュールがそれである。

ところが、ウイスキーは大麦だけを発酵させているわけではなく、とうもろこしやライ麦も使われているので、ウイスキーの定義は難しい。ウイスキーも蒸留すると、無色透明の酒となり、ジンやウォッカとあまり変わらない。ウイスキーで最も顕著な特徴は、樽で熟成する事である。ウイスキーを樽で貯蔵すると、樽材の成分がにじみ出て、黄色味が出てくる。さらに時がたつと、酸化が始まり、色は琥珀色になり、味も香りも出、コクも出て、丸味のある味になってくる。ある書籍には「樽はウイスキーの材料の一つ」とも書いてあったが、これこそ、ウイスキーの定義なのかもしれない。

ウイスキーと言えば、スコッチとなるが、このスコッチも製造法から三種に分けられる。一つはモルトウイスキーで、これは大麦麦芽(モルト)だけを原料にして、糖化、発酵させ、蒸留し、樽熟成させたものである。このモルトを発芽させる時、ピートという泥灰をいぶして、燻煙の香をつけるが、この香がモルトウイスキーの特徴でもある。二つ目はグレンウイスキーと言うのであるが、グレンとは穀物のことで、とうもろこしを主原料にして香りもコクもないウイスキーである。なぜこの様なウイスキーを造るのかというと、三つ目のブレンデッドウイスキーが登場する。

どちらかと言えば、癖の強いモルトウイスキーにグレンウイスキーをブレンドする事によって、モルトの風味がまろやかになって、旨みがハーモニーの様に広がるのである。このブレンデッドウイスキーの出現によって、スコッチウイスキーは、日の目を見たと言って良い。実際、売られているスコッチウイスキーの95%は、このブレンデッドウイスキーなのである。

ところで、現在日本に輸入されているスコッチウイスキーは、アルコール度が43度であるが、イギリス国内では40度で売られている。これは、第一次世界大戦の名残りで、イギリス政府は食糧確保の為、アルコール度を40度におさえたのである。戦後アメリカでこの40度ウイスキーが不人気な為に、輸出用のスコッチは43度にしたので、現在でもこのような状態が残っているのである。さて、ウイスキーは、英語で〈Whisky〉と書くが、アメリカでは、〈Whiskey〉とKとYの間にEを入れる。アイリッシュウイスキーも〈Whiskey〉と書く。カナダでは〈Whisky〉である。文字の訛である。

さて、スコッチウイスキーはなぜ美味しくなったかというおもしろい歴史がある。十八世紀後半にイギリス政府は、スコッチウイスキーに法外の課税をした。反抗心の強いスコットランド人は、これに対抗して、ハイランド地方の山中に隠れてスコッチを密造する様になった。その時、燃料に不足した為ピート炭を使う様になったら、独特の風味がつくようになった。容器が足りないのでシェリーの空樽を使ったら、これがまたウイスキーを美味しくした。山の中にウイスキーの入った樽を隠しておいたら、熟成している事に気がついた等々、重税によって、スコッチウイスキーが発達したという一風変わった歴史がある。一応ここで筆を止めるが、酒は薀蓄をたれながら味わうのが一番と言いますよ。



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