陽気に暮らそう
それだけで二月の陰鬱な夕方が陽気になった。寒く陰気な二月は短いのが救いだけど、小さな愉快なことを見つけないと気が滅入る。
「カクテルって楽しいわね!」
「無精やめて、もっと作らない?」
アメリカ人はカクテル好きだ。マティーニに始まり、マンハッタン、ギムレット、ダイキリ……。私もいちばん最初にティーンエイジャーで覚えたのは、マティーニとギムレットだった。戦後の日本は、ワインよりカクテルの時代だった。
私たちも日々の暮らしの中で、カクテルを楽しんだらもっと愉快に暮らせるのじゃないか。
カクテルが遠い存在なのは、ホテルのバーの見せ方がわるいせいかもしれない。家に送られてくるホテルの案内を見ると、カクテルの写真は妙に女っぽい、というより、小娘風のチャラチャラした飲み物ばかりだ。水色の液体に小さな日傘をさしたグラスや、甘ったるそうなピンクの液体のグラスの縁に果物をたくさんひっかけたもの。とても、まともな大人の飲み物に見えない。
でも本来カクテルは、紳士とレディのもの、洗練された、しかも独創的に、いくらでも創作できる飲み物のはず。多種多様なお酒を自由に組み合わせて味を創り出す。そこにバーテンダーの独創性がある。マティーニのレモンの香りひとつでも、どうそれを入れるかに、工夫を凝らす。
飲むほうも自分の好みがあって、それに固執する。氷を入れる、入れない、グラスをキンキンに冷やす、ステアする、しない……。ジェームス・ボンドのマティーニの「ステアして」のように。そんなわけで、カクテルは個人的なドリンクだ。欧米人がこだわり、日本人が敬遠するには、個人の好みがくっきり出る飲み物だからだろう。
お酒は男女が楽しんで食事するときの大事な伴奏。その経験が、ワインやカクテルの好みを育て、注文の仕方を学ばせる。家庭でもパーティでお客を招くごとに、主人側のカクテルの腕があがる。
でも長いこと、日本の男は、個人的に女とつきあうより、会社に埋没する人生だったから、お酒に接する方法が違った。接待か会社の仲間がお酒と接する機会なら、それは「同じものを」の横並びでいくか、バーなら時にビール、時に高いスコッチやコニャックが相場だったから。個人の好みをこまかく言うカクテルは、集団志向の日本向きでなかった。
でも今は、接待も遠のき、家庭が人生の舞台を取り戻した。マメ男も増えてきた。お料理をする、菜園をやる……。カクテルももう一歩だ。外食の一、二回分でベーシックなお酒を揃えられる。
私自身が、ここのところ手間のかかるカクテルより、コルクひとつであくワイン党だったから、サヴォイのブラッシング・モナークで反省した。しかも。
「サヴォイのカクテルの本、アミが買ったのがあったわ」
娘が料理本の間からひっぱり出した。1930年初版以来、ずーっと重版をつづけているロングセラーだ。ページごとに20年代風のしゃれたカットのついた色刷りの凝ったつくり、1987年版だからこのカクテルは出てないけど、扉の献辞がさすがだ。
「この本をあなたに捧げる」
つまり読者ひとりひとりが、おいしいカクテルを楽しんで、という気持ちが籠もっている。後ろに白紙のページが数枚あり、前書きには将来新しいカクテルが生まれたとき書き加えるために、とある。私はダイアナのカクテルを書き込んだ。
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