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コロンブスの見つけた南の国

気に入るとすぐノッテしまうのが私の癖。うちの最近のお料理は、南国風。正しくはホンデュラスのお料理に、はまっているのだ。

なぜ? 答えは簡単。ラクでおいしい、夏向きで野菜たっぷり、スパイシーで陽気なお料理だから。

普通ならホンデュラスは遠い国、東京で出遭うチャンスはほとんどない。きっかけは娘のひと言。

「ママもキッコーマンの〈世界のおしょうゆクッキング〉に行かない?」

冬にいちど行って、気に入った娘に誘われた。サッカーのワールドカップのある金曜日、ホテルオークラに近いキッコーマンへ二人で出かけた。

それは、年に6回ほど開かれる、各国大使館の人が講師になってお国料理を紹介し、実演して見せる集まり。解説は開新堂五代目の山本道子さんで、肩書きはいかめしいけど、料理の腕は一流、外国語に堪能な、ペンギンみたいに休みなく忙しく飛び回っている活発な女性だ。講師は、サンバを踊ったらぴったりの赤い服の似合う女性、ヨランダさん。

ホンデュラス? どこだっけ? 多分ここか、と地図を開いて見つけた! 中米と呼ばれる、北米と南米をつなぐ細長い地峡帯にある国、国土の両側は太平洋と大西洋、正確にはカリブ海だ。

カリブ海ときくと、クルージング、海賊、ミステリー、と急に想像の羽がはばたく、夢の海、美しい自然。ホンデュラスは英語の発音で、ほんとうはオンドゥラス。コロンブスが1502年、四回目の航海で発見し、錨が降ろせない深い海だったことから、スペイン語のオンドゥラ、「深い」からこの名が生まれた。コロンブスはここをインドシナ、キューバを中国だと思いこんだ。

北緯15度のホンデュラスは、バナナ、メロン、コーヒー、葉巻が名産の熱帯の国だ。日本では国土の真ん中の名古屋が、北緯35度。でも海と野菜の条件は日本と似ているらしく、食材は、ほぼそっくり生かせる!

牛挽肉、白身の魚、トマト、ピーマン、玉ねぎ、じゃがいも、にんにく、キャベツ、レタス、コリアンダーやアヴォカド。ココナッツだけ、日本では生は高いから、乾燥を使う。

ややなじみの薄い材料はクミンぐらいで、私も常備してるけど、カレーに使うしか、考えていなかった。でもこれを、塩やブラックペッパーと共に、ほとんどのお料理にボンボン入れる。

使ってびっくり! クミンの風味でだんぜん味が引き立つのだ。和食の山椒の働きに似ている。これも山椒と同じで、パウダーと種のままとあり、種をゴマみたいに炒って、乳鉢ですりつぶして使ったら、パウダーより風味がよかった。

ホンデュラス料理は、きざんだのを炒めたり、生のままミックスするものが多いそれを、

「ビーチでビールをぐいっと飲んで食べると最高よ!」

ヨランダさんが赤い服の肩を上げてみせた。

オードヴルの魚料理と、メインの肉料理、サラダ、デザートを教わって、すむと試食。どれもおいしい。私は娘とにんまりした。

「ちょうどコリアンダー買ったし、アヴォカドもトマトもピーマンもあるわね」
夕食にすぐ作った中から、肉料理の〈エンチラーダ〉をご紹介しよう。でもそのまえに―


手前はサラダのワカモーレ、右がエンチラーダ



外国人のアッパラパー料理が好き

お料理の本は、誰にでもわかるように正確に分量を書く。20グラム、150グラムなんていうと、えー?計るの? とたじろぐ人も多い。計量の面倒で、お料理キライになる人もいる。そんなのはソン、私は専門家じゃないから簡単にしてしまう。

アメリカで初めてお料理を覚えた人間は、アメリカ風の1カップ、大サジ1、小サジ1なんていう計量が気楽で好きだ。だから180グラムの粉なら、カップに移して、レセピを1と2/3カップ、なんていう風に書き直す。

衛星放送でやっている外国料理を見た人なら気づくのは、料理人は、塩もオイルも、トマトやタマネギも、目分量でパパッと入れてることだ。もしテロップが細かな数字を出しても、それは目安にして、私たちはパパッの要領でやれば気楽になる。

日本と外国の基本的な差を、頭の中で置き換えるのは、ほかにもある。包丁さばきがいのちの日本料理とちがって、外国料理は火加減がいのち、きざみ方は日本みたいに繊細でない。
たとえば彼らのchopped は、日本のみじん切りより粗くて平気。テレビで見ればわかるけど、アラみじんから、サイノメ程度のサイズですむ。逆に赤とうがらし一本というのは、私は外国産の大きさを考えて、日本のは小さいから、数本使う。

ヨランダさんのエンチラーダは――牛の挽肉と夏野菜のきざんだのを順にまぜて炒め、コーン・フラワーのトルティーヤに載せて食べるもの。

タマネギ 1/4、にんにく1片、ピーマン1の粗みじんをたっぷりのオイルで炒める。トマト皮ごと1の粗みじんを加える。トマトは、南国料理では大事だから、エコ農業の熟した赤いトマトを使おう。とろみがつくぐらいよく炒める。牛挽肉300グラムを加え、茹でてサイノメにカットし、水にさらしたじゃがいも1個を加える。それに塩、ブラックペッパー、クミンをたっぷり振る。

これを載せて食べるのが、コーン・フラワーのトルティーヤで、高温の油でパリッと揚げて、それにエンチラーダを載せて、かぶりつく。日本風に遠慮してると、トルティーヤがグンニャリする。

エンチラーダの上に、きざんだキャベツにレモン汁たっぷりと塩胡椒したのを載せ、辛口のトマトソースをかけ、上にスライス・トマトやゆで卵を飾る。キャベツがなければレタスでもよく、暑い夏に、野菜と肉を涼しく食べられるのがミソだ。トルティーヤのカリカリ感と塩味が小気味よい。

この会は、世界と日本を市民レベルでつなぐフィランソロピーのプログラムだ。食材をつくる企業としては地味だがすばらしい企画で、1995年から世界の62ケ国をやって、まだまだ続くお楽しみ。

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