〈はじめに〉
 私たち夫婦は三年前に五大陸=32ヵ国を巡る世界一周旅行をし、各地で体験した食にまつわるおもしろ体験を報告させていただいています。 今回は、日本人観光客にも人気のサイパン島でチャモロ料理にトライしました。

1 .サイパンの郷土料理って?

成田空港からわずか三時間の飛行で着いてしまう常夏の島、サイパン。安・近・短の代表で、誰でも一度はその名を聞いたことがあるはず。ところで、サイパンってどこの国かご存じだろうか? 意外と知らない人が多いけど、“北マリアナ連邦”という自治領に属す。ちなみに同島と並んで有名なグアム島は、正式なアメリカ領土である。サイパン島を含むマリアナ諸島は16世紀にスペインに領有され、その後幾多の戦争でドイツ、日本、国連統治領を経て、最後にアメリカ合衆国自治領“北マリアナ連邦”となったのが1986年。わりと新しい国家なのである。しかし、これは西洋の目から見た歴史。実際には紀元前2000年頃から東南アジア方面からやってきた“チャモロ族”が住んでいたらしい。
 
どこに行っても、その土地の風土にあった郷土料理を食するのを趣味とする我々の今回のターゲットは“チャモロ料理”である。観光ホテルのレストラン食を脱却し、どこまで本物に迫れるか?



2.ローカルパン屋の味

レンタカーを借りた。リゾートアイランド・サイパンのもう一つの顔、太古の自然を体験するために、島内一周を試みたのだ。更に、手つかずの自然が残る東海岸に行くには、原始の熱帯ジャングルを三十分も歩き続けなくてはいけないらしい。せっかくだから、その海岸でピクニックをしようということになって、地元民に大人気というパン屋さんでランチを買うことにする。
 
島の山間部の道沿いで入った店は、赤いレンガ屋根に白い壁。グリーンに塗られた柱は少しおしゃれだけど、表に掲げられた Bake House (パン屋)の横断幕がある以外は、普通の民家。注意してないと見逃してしまいそうな店だった。

“ハファダイー!(チャモロ語でこんにちは)”店内に入ると、いかにも南国風の、がっちりとした体格のおじさんが笑ってお出迎え。日用雑貨や缶詰などの食料が並ぶ典型的な“よろず屋”の造りで、店の中央には様々な菓子パンが入った、プラスチック製のバットが並ぶ。日本のパン屋さんと大差ない印象に、内心ちょっとガッカリする。

“ローカルな食べ物はありますか?”と尋ねると、おじさんはニコニコしながら“ぜ〜んぶローカルさ”と答えた。“えっ?”言われてもう一度、棚の上の商品をようく見てみると、確かに見たことのないような商品がズラリ!


まず目に入ったのは、鉛筆を二、三本束ねたものを葉っぱで巻いたような“アピギギ”という名の包み。イメージ通りの南国名物に、わくわくしつつ皮を広げると、透明感のある、白い棒状の餅があらわれた。ヤングココナツを刻んだものにタピオカ、砂糖を加えて餅にしたものを、バナナの葉で包んで焼き上げたものとのこと。もちもちとした食感の中にシャキシャキとココナツの歯ざわり。

これは、かなりくせになりそうだ。主食と言うよりおやつかも。同じくバナナの葉っぱでできた一回り大きめの包みからは、真っ黄色の“ういろう”のようなものが出てきた。こちらは、タピオカ粉にココナツミルクと砂糖を混ぜて蒸した“タマレス・タピオカ”。甘くてもっちりしたイモ羊羹に、マンゴーかパパイヤを加えてトロピカルな色と香りをつけた感じ。日本茶に合うかも?

“タマレス・ギス”は、アルミホイルを使った蒸し焼き。先の二品とは一転して、その味はピリ辛だった。トウモロコシの粉と米の粉を練ったものというベースは、一見マッシュポテト風だが、粒が粗くてもそもそっとした食味。ベーコンを乗せて蒸した肉汁と、ピリ辛のタレがじんわりしみ込んでいて、不思議な感じ。

この店のおじさん一番のおすすめは、“マンハ・ビスケット”というココナツ味のビスケット。小さめの円形のパンケーキのようなものが六枚ずつ、ビニール袋に入って売っていた。白っぽくて、いかにもふわふわと柔らかそうなのに、ココナツの粉がシャキシャキっと口の中であたるのがマル。“へえー、おもしろいねえ。”と言うと、“外国の方には、これが一番食べやすいでしょう”と、おじさんの顔も一層ニコニコに。

他にも、まだまだ続くチャモロスナックの数々。お米の粉とココナツを使った蒸しパン、ヤシ酒で発酵させたツイストパン。“これはパン?クッキー?”“材料は?”……夢中になって、店のおじさんに教わる妻とパシャパシャと撮影する夫。ふと気づくと、傍らにいたはずの長男・龍(一歳四ヶ月)がいない。“きゃはは!”という笑い声の方向を見ると、店の隅のイートインコーナーで、地元のお姉さんのテーブルに座ってバナナをご馳走になっていた(!)彼は、今回が初めての海外旅行のはずだが……行く末が楽しみ(笑)

3. ナイトマーケットで屋台飯

観光の中心ガラパン地区で、週に一度、歩行者天国に無数の屋台が出現するガラパンナイトという夜店祭りがあると聞いた。観光客だけでなく、大勢の地元民も出没するということで、のぞきに行くことにした。

夕方から降り始めた雨の中、会場となるメインストリートまで歩いていくと、ずら〜っと並ぶ屋台テントの間を大勢の人々がひしめきあっていた。バーベキューなどの煙に混じって、人々の熱気が湯気となって舞い上がっている。十店舗ほどの屋台をまるごと覆った大型テントの下には、食事をするためのテーブルとイスが所狭しと並んでいる。“ちょっとのぞいてみるか”程度の気持ちでいたら、雨が突然、熱帯特有の激しいスコールに変わった。大急ぎで屋根の下に逃げ込み、空いていたテーブルを占拠する。さあ、屋台巡りをして色々な味を楽しもう。

外国人の多い、サイパンのお国柄を反映してか、屋台の種類も実にエスニックだ。カラフルな衣装を着ているタイ料理屋の屋台に、海外ではおなじみのチャイニーズ屋台。餃子と焼きそばを買ってみたら、日本の味つけだった。目の前でジャンジャン炭火にかけてるジャンボ焼き鳥(長さ50センチ! しかも焼いたモモ肉を骨ごと刺してある!)や豚肉の串焼きが美味そうだったので食べてみた。日本の串焼きよりずっと甘辛い、でもピリリと辛みの残る味つけはフィリピン料理の影響か。美味い!

お目当てのチャモロ屋台には、ど〜んと重量級のおばちゃん(失礼)と、対照的にホッソリした背の高いおばちゃんがペアを組んで、楽しそうにカラフルな料理をテーブルに並べていた。バナナの葉で包んだ、もうお馴染みのチャモロお菓子やココナツ粉のクッキーの横に、赤・黄・橙のカラフルな三角形のおにぎりがきれいに並べてあった。ラベルを見るとバナナケーキ、キャロットケーキ、タピオカプディング……この形は日本の影響か? 


この日、私たちの一番のお気に入りは“ヤムイモのドーナッツ”。売り子の女性が“ドーナッツ”というので一パック買ってみたのだが、どう見たってチキンナゲットか揚げポテト。日本で普通に売っているアンドーナッツに近いのかな? と想像したが、うす皮の衣の下があっさりとした塩味……なんじゃこりゃ? 何と、ヤムイモを粗くおろしたものをボール状に揚げてあるのだ。ヤムイモとは熱帯性のヤマイモの仲間。ということは、とろろいもの唐揚げ? 

しかも、醤油が欲しくなるところ、付いてきたのはメープルシロップだった。この意外な組み合わせで、“おかず”が“おやつ”に変身した。帰ったら、日本のとろろでもやってみようかと思ってしまった。

東南アジアの市場を彷彿させるような、にぎやかな屋台村で楽しくごはんを済ませた頃に、雨も上がった。会場の中央にセットされていたステージの上では、はるか五千キロも離れた太平洋のど真ん中、マルケサス諸島からやって来たという少女達のポリネシアンダンスが始まった。軽快なドラムに合わせて腰を激しく前後左右に振るダンス。お土産屋さんのお兄さんが“サイパン人には、ハワイやポリネシアに親戚のいる人が沢山いる”と言ってたっけ。観客も日本人、フィリピン人、アメリカ人、インド人……と様々。ステージ前には“寿司”と日本語のネオンサイン。自分達は今、いったい、どの国にいるのか? わからなくなってきた。こうして、サイパンの夜は、エスニックでエキゾチックなムード一杯にふけていくのだった。

4. 現代版チャモロディナーは“ごちゃまぜ”料理

明日に帰国を控え、“最後の晩は豪華なチャモロディナーが食べたい”と、ホテルのフロントで相談したら、家庭料理をレストランで食べるのはかなり難しいといわれた。しかし、あきらめの悪い我々は更に食い下がり“町のはずれの海岸にあるバーは、地元民のたまり場らしい”という情報をキャッチした。電話で聞いてみたところ、ローカルメニューも多数ある上、ホテルまで迎えに来てもらえることに。聞いてみるもんだ! 迎えに来てくれた女社長の運転する車で到着したお店は、白い砂浜の上にヤシの葉を葺いたパラソルとイス・テーブルが並ぶシーサイドバーだった。うち寄せる波と心地よい海風。南国の雰囲気満点だ。
 
フレンドリーなウエイターに相談して、リピーターが一番好むセットメニューを選んでもらう。進められたメニューは“ピカピカプラッター”というもの。



“おや? これは……”

 運ばれてきたプレートを見ての第一印象は、

“これはまるで、中南米料理? ”
 
一辺が五十センチほどの木製のお盆には、バナナの葉が敷かれ、その上に並べられた料理の数々。真っ赤なチリソースを中心において、メインディッシュらしき肉料理が二品と、ムール貝の焼いたもの。つけあわせには、カリカリのナッチョスと柔らかいトルティージャ。そして二本の中華春巻き。 

そういえばメニューの名前自体がスペイン語(Pika Pika Platter=辛い、辛い、料理の意)じゃないか! チャモロ料理を所望したはずなのだが、ちょっと意外。

まずは軽く、ビールを飲みながらナッチョス(三角形のトウモロコシ粉チップ)をチリソースに浸けて、口にしてみる。うん、ピリリと辛い、けど爽やかな酸味も残る。たまたま選んだコロナビールレモン入り(メキシコ産)によくあって、懐かしいメキシコの味がよみがえる。

メインの肉料理は、サイパンを代表する郷土料理“ケラグエン”。レモンでしめた素材を香辛料とココナツであえたもので、チキンとビーフの二皿あった。チキンの方は、さっぱりしたお酢で仕上げたマリネ、という感じで中米の“セビーチェ”にそっくり。ナッチョスの上に乗せ、チリソースをかけていただく。日本人の口に一番合う、と評判のビーフケラグエンの方は少々濃いめの味付けで、驚いたことに、いわゆる“牛肉のたたき”にそっくりだった! これは、料理の上に散らされた青ネギのみじん切りがポイントのようだ。更に、テーブルの上に置かれたフェデナニソース(しょう油ベースのサイパン風ポン酢)をかけて食べると、ピリリと辛い青トウガラシが混じっている以外は、日本食そのもの。狂牛病問題でご無沙汰していた牛肉の、懐かしい香りに思わずがっついてしまった。サイパンのお隣、テニアン島産の新鮮なテニアンビーフということだが、まさしくサイパンの松阪牛という称号を与えたい。

あらためてテーブル上を見回してみると、サイパン料理といえども日本・スペイン・メキシコ・中国と多くの食文化が入り混じった、ごちゃまぜごはんだということが見てとれる。ナイトマーケットもそうだったが、サイパンの食文化って、本当に歴史抜きでは語れないなあと実感した。

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